破産・再生手続における自動車引き上げへの対応
1 はじめに
自動車ローンを残したまま破産・再生手続を行う場合、販売会社や債権会社から自動車の引き上げを請求されることがあります。
この自動車の引き上げに応じることで、同時廃止事件という簡易な方法で破産手続を行えたり、毀損による財産価値滅失の危険を回避できたり、駐車場代等の維持費を節約することができます。一方で、安易な引き上げ対応は、財産散逸行為とみなされ、後に裁判所からその責任を問われるおそれもあります。
そのため、自動車の引き上げに応じるかどうかは、慎重な判断が必要となります。
2 引き上げの可否
⑴ 自動車ローン債権が「別除権」にあたれば、引き上げが認められることになります。
別除権とは、破産手続開始時に破産財団に属する特定の財産に設定されている一定の担保権に基づき,その特定の財産について,破産手続によらずに優先的・個別的に弁済を受けることができるという権利をいいます。
弁済を受けることができるという権利をいいます。
破産法2条9項 この法律において「別除権」とは,破産手続開始の時において破産財団に属する財産につき特別の先取特権,質権又は抵当権を有する者がこれらの権利の目的である財産について第65条第1項の規定により行使することができる権利をいう。 同法65条1項 別除権は,破産手続によらないで,行使することができる。 民事再生法53条 1 再生手続開始の時において再生債務者の財産につき存する担保権(特別の先取特権、質権、抵当権又は商法若しくは会社法の規定による留置権をいう。第三項において同じ。)を有する者は、その目的である財産について、別除権を有する。 2 別除権は、再生手続によらないで、行使することができる。 |
つまり、自動車の引き上げの場面においては、債権者に留保された所有権について、引渡請求者に対抗要件が備えられているかが問題となります。
⑵ 普通自動車の引き上げ
普通自動車における所有権の対抗要件は、登録制度上の「登録」とされています。
そのため、引渡請求者が所有権を留保しており、登録名義も合致している場合には、自動車の引き上げが認められることになります。
一方で、登録名義と引渡請求者とが異なる場合には、引き上げに応じて良いかどうかが問題となります。
この点、裁判例では、契約の方式などによって、判断が分かれています。
ア 立替払方式における所有権留保の合意がされている場合
最判平成22年6月4日 金融法務事情1353号31頁 「自動車の購入者から委託されて販売会社に売買代金の立替払をした者が、購入者及び販売会社との間で、販売会社に留保されている自動車の所有権につき、これが、上記立替払により自己に移転し、購入者が立替金及び手数料の支払債務を完済するまで留保される旨の合意をしていた場合に、購入者に係る再生手続が開始した時点で上記自動車につき上記立替払をした者を所有者とする登録がされていない限り、販売会社を所有者とする登録がされていても、上記立替払をした者が上記の合意に基づき留保した所有権を別除権として行使することは許されない。」 |
この判例では、引渡請求者が対抗要件を備えたと言えるためには、所有権者と登録名義人の合致が必要とされています。
つまり、所有権が債権会社に留保されていたとしても、登録も債権会社名義にされていなければ、別除権は認められず、自動車の引き上げは認められないことになります。
イ 割賦販売方式における保証債務の履行による法定代位が行われた場合
最判平成29年12月9日 金融法務事情1533号36頁 「自動車の購入者と販売会社との間で当該自動車の所有権が売買代金債権を担保するため販売会社に留保される旨の合意がされ、売買代金債務の保証人が販売会社に対し保証債務の履行として売買代金残額を支払った後、購入者の破産手続が開始した場合において、その開始の時点で当該自動車につき販売会社を所有者とする登録がされているときは、保証人は、上記合意に基づき留保された所有権を別除権として行使することができる」 |
この判例では
①債権会社が保証債務の履行として販売会社に代金を支払った場合、債権会社は法定代位により留保所有権を取得すること(民法500条、501条)。
② 販売会社を所有者とする登録がされている以上、破産債権者にとっても所有権が留保されていると予測しうることの2つの観点から、信販会社は固有の対抗要件を備える必要はなく、販売会社が対抗要件を備えていれば、信販会社による自動車の引き上げが認められるとしています。
ウ 約款に立替払いの方式により法定代位が明示されている場合
裁判例はありませんが、平成29年判決の説示が基本的に妥当するという見解があります。
⑶ 軽自動車
軽自動車における所有権の対抗要件は、「引渡し」とされています。
この「引渡し」には占有改定(民法183条 占有者がそれを手元に置いたまま占有を他者に移すこと)も含まれます。
そのため、引渡請求者が所有権を留保しており、かつ占有改定の合意が認められれば、自動車の引き上げが認められることになります。
なお、占有改定の合意の有無について争いとなった裁判例としては、次のような物があります。
名古屋地判平成27年2月17日 金融法務事情2028号89頁 「占有改定の合意があったか否かについても、単に契約書の条項にその旨の明示の規定が定められていたか否かではなく、当該契約書の条項全体及び当該契約を行った当時の状況等を当事者の達成しようとする目的に照らして、総合的に考察して判断すべきものというべきである。 ( 中 略 ) 本件契約条項では、(ア)契約の効力発生と同時に本件自動車の所有権はファイナンス会社である被告に移転すること、(イ)買主(破産会社)は、被告が本件自動車の所有権を留保している間は、本件自動車の使用・保管につき、善管注意義務を負い、被告の承諾ない限り、転売、貸与、入質等の担保供与、改造、毀損等が一切禁止されること、(ウ)買主(破産会社)は、割賦払金の支払を怠っているときは、被告からの催告がなくても、直ちに本件自動車の保管場所を明らかにするとともに本件自動車を被告に引き渡すものとされていること等が定められており、買主(破産会社)は当該各条項を了解して、本件自動車を割賦購入したものと認められることに照らせば、買主(破産会社)の占有は、本件契約の効力発生時点において当然に他主占有(所有する意思をもたずに行う占有)となる上、所有権者である被告のために善管注意義務をもって本件自動車を占有し、転売や貸与、改造等も禁止されるなど、明らかに占有改定による占有の発生を基礎付ける外形的事実が存在しているというべきである。 したがって、本件契約後の買主(破産会社)による占有は占有改定による占有であると認められる。」 |
3 別除権協定
⑴ 別除権協定とは
個人再生手続において自動車に所有権留保が付されていても、収入を得るために自動車の継続使用が不可欠な場合、特別に協定を締結することによって、自動車を引き上げされずに継続使用することが可能となる場合があり得ます。
このような協定のことを、別除権協定と言います。
⑵ 別除権協定が認められるためには、次のような条件を満たす必要があります。
ア 債権者との別除権協定の合意
返済金額、返済期間、利息の有無を定め、担保権を実行しない合意を得る。
・ 返済金額は担保物件の時価評価額とするのが原則、残額は再生債権とする。
・ 但し、債権者が合意しない場合もあるため、柔軟に対応することとなる。
イ 裁判所の許可
事業の継続に必要な費用(共益債権)であることを上申し、裁判所の許可を得る。
ウ 小規模個人再生における否決の回避
否決の可能性がある場合、債権者への事前の説明をしておくことが望ましい
4 最後に
自動車の引き上げについては、車検証の内容や契約の方式を確認しなければならず、また、裁判例のない新しい形式の約款などもあることから、非常に慎重な判断が求められます。
安易に引き上げに応じることなく、まずは一度、弁護士にご相談されることをお勧めいたします。
また、債務整理に関してのご相談に関しては、弁護士には面談義務があります。原則として、依頼主と会わずに債務整理事件の依頼を受けてはならないと規定されているのです。
債務整理の相談は、ご相談は通いやすい地元の事務所へされることをおすすめします。
以上